創造する共感者たち

避難所の声、声なき困難:坂茂、共感が創り出した紙の建築

Tags: 坂茂, 建築, 共感, 災害支援, 社会貢献

災害に立ち尽くす人々へ、共感が紡いだ建築の力

サイト「創造する共感者たち」をご覧いただき、ありがとうございます。この場所では、他者への深い共感を出発点として、既存の枠を超えた創造を成し遂げた人々の物語を紹介しています。今回は、建築家でありながら、そのキャリアの大部分を災害支援に捧げてきた坂茂(ばん しげる)氏に焦点を当てます。彼は、紙管という身近な素材を建築に用いるという革新的な手法で知られていますが、その根底には常に、災害で家を失い、困難な状況に置かれた人々への深い共感がありました。

建築家の役割を超えて:共感力の源泉

坂茂氏は、通常、建築家が手がけることの多い美術館や個人の住宅といったプロジェクトに加え、世界の災害被災地での緊急支援活動に積極的に関わってきました。彼がこの道に進んだきっかけの一つは、1994年のルワンダ内戦とその後の難民問題でした。大量の難民が生まれ、彼らはビニールシートと現地の木材で仮設シェルターを作っていましたが、森林伐採による環境問題や、シェルターとしての脆弱さが課題となっていました。

この状況を目の当たりにした坂氏は、建築家として何かできないかと考えます。しかし、当時の国連は木の伐採を止めるよう呼びかけるだけで、代替となるシェルターの提供には至っていませんでした。ここで坂氏が発揮したのは、まさに「共感力」でした。難民たちの置かれた過酷な環境、明日をも知れぬ不安、そしてシェルターという最も基本的なニーズが満たされていない現実。これらの「声なき困難」に深く寄り添った坂氏は、自身の専門である建築の知識をもって、この問題に対する具体的な解決策を生み出そうと決意したのです。

紙管という発見:共感が形にした創造

ルワンダでの経験の後、1995年に発生した阪神・淡路大震災は、坂氏の活動を日本国内へと広げる大きな契機となりました。震災後、多くの人々が体育館などの避難所での生活を余儀なくされました。そこでの生活は、プライバシーがなく、寒く、精神的にも非常に困難な状況でした。

避難所を訪れた坂氏は、被災者一人ひとりの苦痛や不便さに深く共感しました。「プライバシーが全くない」「寒くて眠れない」「落ち着ける場所が欲しい」といった声に耳を傾け、既存の仮設住宅が供給されるまでの間、迅速に、そして快適なプライベート空間を提供できるシェルターが必要だと考えました。

そこで彼が目を向けたのが、「紙管」という素材でした。紙管は安価で、入手しやすく、加工が容易でありながら、構造材としての強度も持ち合わせています。彼はこの紙管を柱や梁に使い、布やシートで囲むことで、短期間で設置できる「紙管ログハウス」という仮設住宅を開発しました。これは、従来の仮設住宅よりも早く、安く、そして何よりも「避難所で苦しむ人々の声」に直接応える形で生まれた創造でした。さらに、神戸では倒壊した教会に代わる「紙と布の教会」も建設し、人々の心の拠り所となる空間を提供しました。

この紙管建築は、単なる奇抜なアイデアではありませんでした。被災者のニーズ(共感)を起点に、「いかに早く」「いかに安く」「いかに簡単に組み立て・解体でき」「いかに快適な空間を提供できるか」という現実的な課題を解決するために、素材の特性と建築の知識を結びつけた、まさに共感力に根ざした創造だったのです。

困難を乗り越え、活動を世界へ

もちろん、坂氏の活動は常に順風満帆だったわけではありません。紙管を建築に使うというアイデアは当初、建築業界や行政から懐疑的に見られることもありました。「紙で本当に大丈夫なのか」「耐久性はあるのか」といった懸念に対し、彼は構造計算や実験を重ね、その安全性を証明する必要がありました。

また、災害支援は常に時間との戦いです。限られた時間、予算、そして刻々と変化する現地の状況の中で、迅速かつ柔軟に対応することが求められます。彼は自ら被災地に赴き、現地の声に耳を傾け、その土地の気候や文化、利用可能な材料に合わせて設計を調整しました。これらの困難を乗り越える原動力となったのは、他ならぬ「被災者に寄り添いたい」という強い共感の思いでした。

彼の活動は阪神・淡路大震災以降、トルコ、インド、スリランカ、中国、ハイチ、ニュージーランド、イタリア、フィリピン、エクアドル、そして東日本大震災や熊本地震など、世界のあらゆる被災地へと広がっていきました。彼は単に建築を提供するだけでなく、被災者自身が建設に参加できる仕組みを作ったり、地域の人々が共に集えるコミュニティセンターを建設したりと、その土地のニーズに深く根差した支援を続けています。

共感が拓く、建築の新たな可能性

坂茂氏の活動は、2014年のプリツカー賞(「建築界のノーベル賞」と称される最高の栄誉)受賞という形で高く評価されました。これは、彼の建築の革新性だけでなく、建築が社会的な課題解決に貢献できることを示した功績が認められたものです。彼の受賞は、「誰のために、何のために建築を作るのか」という問いを、建築界全体に改めて投げかけるものとなりました。

坂氏の物語は、私たちに多くの示唆を与えてくれます。専門的なスキルや知識を持つことと同時に、他者の立場に立ち、その声なき困難やニーズに深く共感することの重要性です。そして、その共感を具体的な行動や創造へと繋げる粘り強さ。

キャリア形成や自己成長を考える上で、私たちは自身の興味や強みをどのように社会で活かせるか、あるいはどのような社会課題に関心を持つべきかを模索します。坂茂氏の例は、自分の専門分野と、社会で本当に困っている人々のニーズを結びつけることで、既存の枠にとらわれない、影響力のある創造が可能になることを示しています。

読者の皆さんが、それぞれの分野で、誰かの「声なき困難」に耳を澄ませ、共感を出発点とした自分らしい創造へと繋げていくためのインスピレーションを、坂氏の物語から感じ取っていただければ幸いです。共感力は、単なる感情ではなく、世界をより良く変えるための強力な創造力となるのです。